東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10897号 判決 1970年10月08日
原告 金十証券株式会社
右代表者代表取締役 由利裕三
右訴訟代理人弁護士 竹内一男
被告 花村貞夫
<ほか二名>
右被告三名訴訟復代理人弁護士 浜崎浩一
主文
被告花村貞夫は、原告に対し、金二四三、〇一二円およびこれに対する昭和四二年四月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用中、原告と被告小野安治同三村光雄との間に生じた分は、原告の負担とし、原告と被告花村貞夫との間に生じた分は、同被告の負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判。
原告。「被告らは、原告に対して連帯して、金二四三、〇一二円およびこれに対する昭和四二年四月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言。
被告ら。「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二、当事者の主張。
(請求原因)
一、原告は有価証券の売買等を営む証券業者であり、被告花村は、昭和四一年八月二十日原告会社に採用され、被告小野、同三村(同被告らの妻は被告花村と姉弟の関係にある。)は、同日、被告花村の身元保証人として、同被告が故意又は重大な過失により、原告に損害を与えた場合同被告と連帯して、原告に対し、損害を賠償する旨をそれぞれ約束したものである。
二、被告花村は、右採用後外務員として原告の顧客から株式等の売買委託を受ける業務に従事していたところ、
1、他人名義もしくは架空人名義を使用して自ら株式売買をなし、原告につぎのとおり損害を与えた。
(一) 昭和四二年二月一〇日鈴木衣子の名義を使用して、東洋ベアリング株式三、〇〇〇株を代金四三一、七〇〇円で買付けたが受渡不能となり、原告が同月二五日金三九八、六九三円で売却処分したことによる差額金三三、〇〇七円。
(二) 昭和四二年二月一三日島貫謙一名義を使用して、厚木自動車株式三、〇〇〇株を代金六五一、六〇〇円で買付けたが、受渡不能となり、原告が同月二四日、金五九三、一〇〇円で売却処分したことによる差額金五八、五〇〇円。
(三) 昭和四二年二月九日、宮崎豊明名義を使用して、クラウン株式一、〇〇〇株を、代金二五〇、二〇〇円で買付けたが、受渡不能となり、原告が同月二〇日、金二二九、四五二円で売却処分したことによる差額金二〇、七四八円。
2、昭和四一年一二月頃と同四二年一月頃の二回に亘って、金谷頼暁から金一、四〇〇、〇〇〇円を借入れるにあたって、被告花村は当時顧客から原告発行の左記株券預り証の返還を受けていたのに、原告に対しては紛失したとか未だ顧客から返還を受けていないとか虚偽の申立をして右預り証を返還せず、かえって、ほしいままに右預り証を前記借入の担保として金谷に手交した
預り証番号 顧客名 銘柄 数量 発行年月日
一六二五六三 上野才一 三桜工業 五、〇〇〇株 四一、一一、一八
一六二九三四 土屋明夫 東亜港湾 二、〇〇〇株 四二、一、一一
一六二九三五 〃 西松建設 三、〇〇〇株 四二、一、一一
しかるに被告花村は右借入金の弁済をしないため金谷から原告に対してその従業員である被告花村の右不法行為による損害を賠償するか、預り証記載の株券を引渡すようとの請求を受けるにいたり、原告は甚だしく信用を失墜し、また、このようなことが表面化すると、原告は営業上も莫大な損害を蒙ることになるので、昭和四二年三月一五日原告は金谷に対し金二〇〇、〇〇〇円を支払て同人から前記預り証の返還を受けた結果、同額の損害を受けた。
三、以上のとおり、被告花村は故意により、原告に対し合計金三一二、二五五円の損害を蒙らしめたものであるところ、同被告は内金六九、二四三円を弁償したのみであるから、被告らに対し、残額金二四三、〇一二円およびこれに対する弁済期の後である昭和四二年四月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
(請求原因に対する認否)
請求原因一の事実は認める。
請求原因二の事実はすべて否認する。
(抗弁)
一 仮に原告が原告主張の如き損害を蒙ったとしても、
1 株式等の売買委託を受ける業務に従事することができる者は、大蔵省に登録された外務員に限られているのにかかわらず、原告は、その事を知悉し乍ら、外務員として登録されていない被告花村に強要して、株式等の売買委託を受ける業務に従事させたのである。右は明らかに違法行為であって、自ら違法行為を敢えて行なった原告は、被告花村に対しその損害の賠償を求めることはできない。よって、被告花村に原告主張の如き損害の賠償義務なく、従って被告小野、同三村にも賠償義務はない。
2 原告は、被告花村の身元についてなんら調査もせず、しかも株式等の売買委託を受ける業務に従事することができる者は、大蔵省に登録された外務員に限られているにもかかわらず、外務員として登録されていない被告花村をして株式等の売買委託を受ける業務に従事させて、その主張の如き損害を蒙ったのであり、使用者たる原告には被用者たる被告花村を使用、監督するについて、故意又は重大な過失に基づく怠慢があるから身元保証法第五条の趣旨からみて、被告小野、同三村には、右損害を賠償すべき義務はない。
(抗弁に対する認否)
被告花村が外務員として大蔵省に登録されていなかった事実は認めるが、その余の点はすべて争う。
原告は被告花村について東京証券業協会を通じ、または直前の勤務先について調査した上で、昭和四一年一一月に大蔵大臣に対して外務員としての登録申請手続をした。一般に外務員登録済の通知があるのは申請後早くて一ヶ月位で、大蔵省で調査等する場合は相当の期間を要する。その間当該外務員が外務員として業務に従事できないとすると収入を絶たれるので、実際には登録申請手続中でも外務員としての業務に従事させるのが業界の常識である(そして登録が拒否された場合は業務を停止させるのが一般の取扱である。)。従って未だ登録に至らなかった被告花村に外務員の業務をさせたのは違法行為であるから、被告らに責任がないという被告らの主張は実態を無視したものでとうてい認めることはできない。また被告花村は従前の勤務先(立花証券、藍沢証券)においても事故を起し、被告小野、同三村は迷惑を受けている。原告は証券会社であるから、被告花村の業務の内容が従前と異るものでないことは、被告小野、同三村の知悉していたところであって、かかる事情からしても、被告小野、同三村は保証責任は免れない。
第三、証拠≪省略≫
理由
一、原告は、有価証券の売買等を営む証券業者であり、被告花村は昭和四一年八月二〇日原告会社に採用され、被告小野、同三村(同被告らの妻は、被告花村と姉弟関係にある。)は、同日、被告花村の身元保証人として、同被告が、故意又は重大な過失により、原告に損害を与えた場合、同被告と連帯して、原告に対し、損害を賠償する旨をそれぞれ約したことは、当事者間に争いがない。
二、≪証拠省略≫によれば、被告花村は、右採用後昭和四一年一一月頃から昭和四二年二月までの間原告会社の外務員として、原告の顧客から株式等の売買委託を受ける業務に従事していたことが認められるところ、≪証拠省略≫によれば、被告花村は右業務に従事中顧客である鈴木衣子、島貫謙一および宮崎豊明の各名義を無断使用して自ら株式売買をなし、もって原告に対し原告主張(一)ないし(三)の如き各損害を蒙らせたことが認められ、また≪証拠省略≫によれば、被告花村は前記業務に従事中、顧客から原告主張の、原告発行の株券預り証三通の返還を受けたところ、原告に対しては未だ顧客から返還を受けていないといつわってこれを原告に返還せず、かえって金谷頼暁から金一、四〇〇、〇〇〇円を借入れるにあたって、ほしいままに右預り証三通を右借入の担保として金谷に手交したこと、しかるに被告花村は金谷に右借入金を返済しないため、原告は金谷から被告花村の使用者としての責任を追及され、金一四〇万円を支払うか右預り証三通記載の株券を引渡すよう要求されたので、原告としては、顧客に対する信用が失墜し、ひいては、営業上にもその影響が及ぶことをおそれ、止むなく昭和四三年三月一五日金谷に金二〇〇、〇〇〇円を支払って同人より前記預り証三通を回収し、金二〇〇、〇〇〇円の損害を蒙ったことが認定でき、右の各認定を左右するに足りる証拠はない。
三、証券取引法第六二条によれば、証券会社は、外務員の氏名等大蔵省令で定める事項につき、大蔵省に備える外務員登録原簿に登録を受けなければならず(第一項)、また右により当該証券会社が登録を受けた者以外の者に外務員の職務を行なわせてはならない(第二項)ことと定められているところ、被告花村は原告が外務員として大蔵省備付の外務員登録原簿に登録を受けた者ではなかったことは原告の自認するところである。
被告らは、原告は、外務員として登録されていない被告花村に強要して、外務員として株式等の売買委託を受ける業務に従事させたのであり、右は明らかに違法行為であって、自ら違法行為を敢えて行なった原告は被告花村に対しその損害の賠償を求めることはできないと主張する。
しかし、原告が被告花村に強要して外務員として株式等の売買委託を受ける業務に従事させたことはこれを認めるに足りる証拠がなんらない。また原告が被告花村に外務員の職務を行なわせたことは証券取引法第六二条に違反する違法な行為というべきであり、かつ前記損害はいずれも原告が被告花村に外務員の職務を行なわせたことに関連して生じたものであることは明らかであるが、証券取引法第六二条の趣旨は一般投資者保護の見地から外務員としての不適格者を排除することにあるのであるから、被告花村が、外務員として登録原簿に登録されていなくても、事実上原告会社の外務員として、原告の顧客から株式売買の委託を受ける業務に従事し、原告に対し前記の如き損害を与えた以上、同被告は原告に対し右損害を賠償すべき義務を負うべきは当然であって、ただ原告が登録原簿に登録されていない同被告に外務員の職務を行なわせたという違法の故に、直ちに同被告は右損害の賠償を免れられるということはできない。従って被告らの右主張は、到底採用し難いところといわねばならない。
してみると、被告花村は原告に対し原告の蒙った前記損害合計金三一二、二五五円を賠償すべき義務を免れないところ、同被告が内金六九、二四三円を弁済したことは原告の自認するところであるから同被告花村は、原告に対し残金二四三、〇一二円およびこれに対する、弁済期の後である昭和四二年四月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
四、一般に身元保証がなされた場合、身元保証をなす者は使用者が被用者を適法に業務に従事させることを予想し、かつこれを前提としているものと考える。
しかるに、原告が被告花村に外務員の職務を行なわせたことは、証券取引法第六二条に違反する違法な行為であることは前記の如くであるところ、被告小野、同三村が前記身元保証にあたり、原告において被告花村を、外務員登録原簿に登録を受けることなく、外務員として業務に従事させることをとくに了承容認していたことを認めるに足りる証拠はない。≪証拠省略≫によれば、原告は被告花村を外務員とする予定で採用し、同被告について昭和四一年一一月四日付で外務員登録申請をしたことが認められ、なお右≪証拠省略≫によると、当時、外務員登録申請をしてから、登録が受けられるまで普通約一、二ヶ月を要し、その間申請にかかる当該外務員は収入が得られないため、業界においてこのような申請中の外務員には登録前でも実際に職務を行なわせている事例がままあることが窺われないではないけれども、右事例の如きは証券取引法第六二条に違反するものであること前記のとおりであるから、被告小野、同三村の前記身元保証をもって右の事例に従うものということはできない。従って、被告花村が外務員を予定して原告会社に採用された者であっても、同被告が、外務員登録原簿に登録を受けることなく、原告会社の外務員として業務に従事するが如きことは、被告小野、同三村がした前記身元保証の及ぶ範囲にもともと属しないものと解するのを相当とする。
してみると、原告は外務員登録原簿に登録を受けた者でない被告花村に外務員の職務を行なわさせ、上記の如き損害を蒙ったものであるから、被告小野、同三村に対し、前記身元保証にに基づき、その賠償を求めることはできないといわねばならぬ。
五、以上により、原告の本訴請求は、被告花村に対し金二四三、〇一二円およびこれに対する昭和四二年四月一日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度において、これを正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について、同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 園田治)